2016年04月22日

のような男に

僕は、「自分の父親です」と言う以外に答えようがない。 僕は父親を尊敬しているし、そのほかの誰をも尊敬していない。 すごいなぁ、と思える人はたくさんしているけれど、「尊敬」というまでいかないのだ。 僕の中で尊敬する人とは、そのような人になりたい対象、目標となる人だ。 そうなると僕の場合、父親以外の答えはない。

もちろん面接官はそんなことまで訊いていないのだろう。 「あなたがすごいと思う人は誰ですか?」という質問と同じ意味で訊いているのだろう。 だったら「僕が尊敬する人は坂本竜馬です。彼の先見の明と、型にとらわれない行動力に惹かれます」と答えればよいのだろう。 でもそれでは嘘になってしまう。 僕は尊敬の定義を変えたくない。 「両親以外に尊敬する人を教えてください」と訊かれたら、僕は黙り込んでしまうだろう。 うまくその質問をかわせないに違いない。 


それに比べて「ミレニアムしゃせい」の男は、「私が尊敬するのはゴルバチョフです」とすんなり答えるに違いない。きっとそうだ。そうにちがいない。 その後彼は、眼鏡を5ミリほど指で押し上げてから、もっともらしい、こじつけ話をするのだ。

妄想がそこまで進んだ時、やっと僕は虚しくなった。 隣に座っている学生風の女の子のバッグには、本屋のカバーがついた本と、メガネケースと、財布と、何故か3個入りのヨーグルトのパックが入っていた。

僕が尊敬する人にこだわっているのには理由がある。 中学校を卒業する時、文集の最後に「将来の夢」を20文字以内で書けと言われた。 僕は何故かそこに、「****(父親の本名)なりたい」と書いていた。 今となっては、どんな気持ちでそう書いたのか、正確なことは忘れてしまっている。 ただ、「****のような男になりたい」と書き残した事実とその文集だけが現実に残っている。 おもしろ半分で書いたのだろうか。 他に夢が見つからなかったからだろうか。 毎日勉強に縛り付けておいて「将来の夢」などというもっともらしいことを訊く学校に腹が立ったのだろうか。



Posted by weetears at 10:33│Comments(0)
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